今日の読書――村安秀聡大阪府知事の独裁を描いた田中は石原強権都政を予測していた!

「どない」佐久間は不自然にならない程度に明るく声をかけた。語尾をだらしくなく伸ばした見事な大阪弁である。
「さっぱりやなあ」親爺が答えた。
「さっぱりぱりぱりぱりっぱりー」腰の横に持ってきた両手を、外側に開くようにして気を付けの姿勢を取ると、佐久間は天井を向いて絶叫した。
客の若い男は一瞬きょとんと不思議そうに佐久間を見たが、はっと気づいてわざとらしく笑いはじめた。笑わないと条例に触れるからである。
さすがに唐突なこのギャグ一発では笑いにくかろう。かわいそうに。とは思ったものの「ギャグ」をやったのは佐久間自身である。情けないことこのえうない。しかしあの客が公安の犬だとしても、これだけ場違いで不毛なギャグを突然かませる人間がまさか「教育対象者」であろうとは思うまい。
親爺もげらげら笑ったが、その眼はまったくおまえもよくやるよなあと言っていた。
「奥にもらいもんの焼き栗があるさかい、よかったら入って食べなはれ」
「焼き栗ぐりぐりぐりっぐりー。うーれしくって、ぴょーん」佐久間は追い打ちをかけるように、同じ調子のギャグを繰り出した。客の男が無理矢理笑う不自然さを隠すためか腹を抱えてうずくまったのを見ると、その隙にカウンターの横から奥へと抜けた。

7年ぶりの再読でも笑いを堪えるのに必死だった。本屋から直行したスタバで。


「日本の法律より府の条例の方が優先する。」という独裁体制下の大阪で、関東から派遣されたレジスタンス達はカモフラージュのため、頭を真ん中から剃り上げ、ウサ耳帽をかぶり、股の付け根すれすれまでのワンピースを着て似合わないデザインのシャネルバッグを提げ紫色の口紅を塗った唇を半開きにしていなければならない。
まさに、国旗国家を強制し歌舞伎町の浄化を暴力的に推し進め障子紙をペニスで破る小説を書いていた過去などなかったかのように青少年少女の健全育成を名目にエログロ弾圧を行うイシハラと重ならないでか。

レジスタンスに失敗した佐久間は、浮浪者に身を落としたある日、かつて愛し合った抵抗組織の女性を街角で見かけるが、東京弁で話しかける佐久間をあっちいけした彼女は「びっくりくりくりくりっくりー。びっくりですだわ花ラッキョ」と叫びながらガニ股万歳。イシハラ都政がこのまま続けば近い将来、似たような(似たようなって?)同調圧力が蔓延することだろう。





なお、電撃文庫版の著者後書によれば、「びっくりくりくりくりっくりー」「うーれしくって、ぴょーん」のマルシーは「浜根杉本」という漫才コンビ浜根隆であり、田中は快諾を受けた上で使用したことを断っている。





ラプソディー・イン・ブルー」で、栗原守と立秋茜が互いに近視感で惹かれあったのは、なぜ?



ああ、

茜=花
るり=石

か!



さっきまでうんうんうなりつつ最後まで残っていた謎にようやく決着がついたところで、おしまい。


やみなべの陰謀 (ハヤカワ文庫JA)

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