福祉 Welfare(監督:フレデリック・ワイズマン)


ワイズマンを見る/アメリカを観る ― アメリカ社会の偉大なる観察者、フレデリック・ワイズマンの世界。
http://www.jc3.jp/wiseman_usa.html




渋谷・ユーロスペース2で17:45の回。



1974年。
初冬。
ニューヨーク市
ウェイヴァリー福祉センター。
家庭ごみをセンターのゴミ箱に捨てる、くたびれたコートの老婆。
当座の家賃と食費を申請にきた、病気のため働けないと言う斜視の女性。
黒人警官に延々と毒づく、頭蓋骨骨折の手術を受けて左半分の頭髪がない白人の老人。
不安そうな表情で、ホテルに小切手が届かないと家賃が払えないのと言い募る、毛皮のコートの黒人女性。
「俺の女房は州知事の妹なんだ」「へぇじゃあなんでこんなところに来ているのさ」「いや先日、自己破産しちまってね」とウソで塗り固めた会話。
「ええ正式に結婚したわ。でも夫がいまどこにいるか分からないの」だんだんとしかめ面になっていく面談者、あわてるように隣のボーイフレンドへ「彼だって別の女性と結婚してるのよ」さらに顔をしかめようとする面談者を敏感に察知して「おいおい誰が結婚してるって?」「……あーそうねそうだったわね、私なにを勘違いしてたのかしら、違うのよ彼は結婚なんてしてなかったわ」下を向いて首を振る面談者「それで幾らまでなら出してもらえるんだい? もう何日も食べてないんだ」。
「なにか仕事についてた時期はないの?」「11年もム所に入っていた先日でてきたばかりなんだ」「そうなの」「服の仕立ての職業訓練を受けたんだでも俺は不器用だから途中であきらめちまって十分な腕を持ってるとは言えない」「まだ仮釈放中なの? 執行猶予は?」「4年」「それで何の罪で入っていたのだったかしら」「homicide(故意ではない殺人)」
「裁判所に行ったら社会保障局に行け、社会保障局に行ったら福祉局に行け、それで福祉局に来たってのにうちの仕事じゃない、もう真っ平!」



「……なに、つかれた顔してんだよ」
「やっと解放されたって顔してんだよ。途中から時間感覚が失せたもの。起承転結や序破急どころの話じゃない、ずーっと、せちがらい話の連続。問題が解決して、喜んで帰っていく奴なんて一人も出てこない」
「観てる最中、もぞもぞしてる客が結構いたな。ユーロスペースの椅子が狭いってのもあるけど、居心地が悪くなること請け合い」
「笑えるやりとりもあったけどさ。3日食べてないって怒り出した男が、すぐに"盗んだチョコバーは食べた"って言い直したりしたとことか」
「というか、そういったところで乾いた笑いをムリヤリ漏らしておかないと、こっちの精神がもたないドキュメンタリーというほうが正確」
「まあね。福祉局の人間が二言目には"規則だから""証明書がないと""明日またきて""面談を予約して"って繰り返すのは、お役所仕事って世界中どこでも時代が変わってもそういうもんなんだろうなって先入観があるから、そう驚いたもんじゃない。でも、それでもダークにならざるをえないのは、あの要領を得ないやりとりだよ」
「あぁ、男友達と同居してる黒人が、飼い犬が居るから簡単にアパートを出ていけないとか理屈こねたり、実は男友達とガールフレンドが同居しているアパートに居候しているだけだったりとか、支離滅裂に拍車がかかっていくパターンね。またかって気分になる」
「どこまでがホントの事情で、どこまで作り話が混ざってるのか、始めは気にして観てたけど、途中からそんなのどうでもいいから早いとこ小切手だしてやれよって気になってきた」
「家賃補助上限の月150ドルで、それじゃ足りないって押し問答が印象に残ったんだけど、1974年のニューヨークでそれって安いのか? ニクソンショックは終わってるから、360円固定からちょと下がって300円とか320円くらいか」
「どうでもいいよ。役所が出す額なんて相場より低いに決まってるんだから」
「帰るか」
「『チチカット・フォーリーズ』も耐久レースになりそう……」