11/22に公表された東京都青少年健全育成条例改正案が規制対象の「限定」も「明確化」もしていないことを施行規則から確認する。


非実在青少年」というキーワードを焦点に物議をかもし、3月に継続審議となり6月に否決された東京都青少年健全育成条例改正案。
この改正案に手を加えた改・改正案が11/22に公表されたことを受けて、メジャー新聞各紙が一斉にその中身を報道し、幾つかの記事の見出しには「(規制対象を)限定」「明確化」という文字が躍っている。



東京都の性描写規制案 対象を限定して再提出へ
http://www.47news.jp/news/2010/11/post_20101123113349.html&sa=U&ei=kdXsTKi1O4bqvQO-oKWSAg&ved=0CDwQqQIwCw&usg=AFQjCNF0OKgGTXNy3mdN9ZzdFg3ryrqzzA

都の漫画規制条例改正案再提出へ 「性描写」の対象明確化
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20101123-OYT8T00104.htm

青少年健全育成条例改正案:再提案へ 性的漫画規制、都が対象作品を明確化
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101123ddm012010032000c.html



けれども、果たして本当に「限定」「明確化」がされたのだろうか?
メジャー紙ではない、WEB系メディアやマイナーメディアを中心に、正反対の報道も行われている。



青少年課長も「前と言っていることは変わらない」と認める『新・健全育成条例改定案』の中身 - 日刊サイゾー
http://www.cyzo.com/2010/11/post_5975.html

非実在」削除も、規制範囲はさらに拡大! 東京都青少年健全育成条例改正案
http://www.pjnews.net/news/909/20101122_6&sa=U&ei=kdXsTKi1O4bqvQO-oKWSAg&ved=0CEIQqQIwDQ&usg=AFQjCNE-oN4WmZkeJ6fS9J-N-y-_CaCiaQ



特に、サイゾーの記事は、改・改正案をまとめた青少年・治安対策本部の櫻井美香課長からコメントを引き出している点で、「限定」「明確化」という報道に対する大きなカウンターとなっているように思える。

櫻井課長は今回の条例案は「非実在青少年」問題で紛糾した前回と「言っていることは変わらない」ものだとも話す。
「前回の条例案は年齢などが描いてあるものの、どういった行為が当てはまるのか明確ではなかった。そこで今回の条例案では、施行規則で定める予定だったものを含めた形になっているんです」(櫻井課長)

http://www.cyzo.com/2010/11/post_5975.html


ここで、櫻井課長が言う、改・改正案に「(3月に継続審議となり6月に否決された改正案で)施行規則で定める予定だったものを含めた」という説明が、注目すべきポイントになる。


施行規則の案については、3/17の都議会総務委員会で、同委員会理事の小山くにひこ民主都議が質問を行い、これに青少年・治安対策本部の浅川英夫参事が答えていた。
具体的には、改正案・第八条第一項第二号の「不健全図書指定」の基準案=施行規則案だ。


平成二十二年総務委員会速記録第五号|東京都議会
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/soumu/d3010195.html

〇小山委員 続いて、三つ目の、第八条第一項第二号の不健全図書指定の基準についてお伺いいたします。

〇浅川参事 第八条第一項第二号における不健全図書指定に係る東京都規則で定める基準として想定してございますことは、強姦、強制わいせつ等、刑罰法規に触れる性交または性交類似行為を不当に賛美しまたは誇張するもの、二つ目が、近親相姦等著しく反倫理的な性交または性交類似行為を不当に賛美しまたは誇張するもの、第三は、これらを擬似的に体験させるもの、これはゲームなどを想定してございます。


この中で、浅川参事の説明した「強姦、強制わいせつ等、刑罰法規に触れる性交または性交類似行為を不当に賛美しまたは誇張するもの」「近親相姦等著しく反倫理的な性交または性交類似行為を不当に賛美しまたは誇張するもの」という2つの案は、実は、11/22に公表された改・改正案の「不健全図書指定」の中に近似した文言が入っている。


第百五十六号議案 東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例
http://dl7.getuploader.com/g/4cecda73-dfbc-4e5c-ba89-2c2d46246448/ero_game/72/ero_game_72.txt

第八条第一項中第三号を第四号とし、第二号を第三号とし、第一号の次に次の一号を加える。

  二 販売され、若しくは頒布され、又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で、その内容が、第七条第二号に該当するもののうち、強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの


「強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張する」という文言がそうだ。
「強姦」という刑罰法規に触れる行為と、「等の著しく社会規範に反する」という刑罰法規には直接触れない行為の2種類を対象としていることから、浅川参事の説明した施行規則案を“折衷”したものだということが窺える。


3月に継続審議となり6月に否決された改正案で施行規則に予定していたものを、ほぼそのまま条文にシフトしてきただけということが分かる。


つまり、サイゾーの記事で櫻井課長が言う、「施行規則で定める予定だったものを含めた」という説明は、正しい。
正しいということは、11/22に公表された改・改正案は、前回の改正案に比べて、規制対象を「限定」も「明確化」もしていないということを意味する。*1





ところで、現行の青少年健全育成条例の施行規則はどうなっているのか。
現行の都条例施行規則は、「不健全な図書類等の販売等の規制」に関わり、「著しく性的感情を刺激するもの」「甚だしく残虐性を助長するもの」「著しく自殺又は犯罪を誘発するもの」の3点を対象としている。


東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/08_p2.pdf

第3章不健全な図書類等の販売等の規制 (指定図書類、指定映画等の基準)

第15条条例第8条第1項第1号の東京都規則で定める基準は、次の各号に掲げる種別に応じ、当該各号に定めるものとする。

一 著しく性的感情を刺激するもの 次のいずれかに該当するものであること。
 イ全裸若しくは半裸又はこれらに近い状態の姿態を描写することにより、卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。
 ロ性的行為を露骨に描写し、又は表現することにより、卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。
 ハ電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に卑わいな行為を擬似的に体験させるものであること。
 ニイからハまでに掲げるもののほか、その描写又は表現がこれらの基準に該当するものと同程度に卑わいな感じを与え、又は人格を否定する性的行為を容易に連想させるものであること。

二 甚だしく残虐性を助長するもの 次のいずれかに該当するものであること。
 イ暴力を不当に賛美するように表現しているものであること。
 ロ残虐な殺人、傷害、暴行、処刑等の場面又は殺傷による肉体的苦痛若しくは言語等による精神的苦痛を刺激的に描写し、又は表現しているものであること。
 ハ電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に残虐な行為を擬似的に体験させるものであること。
 ニイからハまでに掲げるもののほか、その描写又は表現がこれらの基準に該当するものと同程度に残虐性を助長するものであること。

三 著しく自殺又は犯罪を誘発するもの 次のいずれかに該当するものであること。
 イ自殺又は刑罰法規に触れる行為を賛美し、又はこれらの行為の実行を勧め、若しくはそそのかすような表現をしたものであること。
 ロ自殺又は刑罰法規に触れる行為の手段を、模倣できるように詳細に、又は具体的に描写し、又は表現したものであること。
 ハ電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に刑罰法規に触れる行為を擬似的に体験させるものであること。


「著しく性的感情を刺激するもの」については「卑わい」で「人格を否定する」ものを定義している。
前者の「卑わい」は、おおざっぱに言えば、18歳未満が読んだ場合に非常にエロく感じるかどうか、ということだろう(後者の「人格を否定する」は、ちょっと意図を読み取り難い。レイプされているのに喜んでいる、などのケースが該当するのかもしれない?)。
現行の施行規則は、18歳未満が読んだ場合に非常にエロく感じるかどうか、が判断基準として重視されていると見られる。


これに対して今回の改・改正案は、さきに紹介したように、施行規則の上の条文の中に入れる形で、「強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張する」ものを追加しようとしている。

ここで、この追加案をよく読むと、現行の施行規則とはあるズレを持っていることが分かる。
何かと言えば、「非常にエロいかどうか」は勘案されていない点だ。
「非常にエロ」くなくとも、強姦等の違法行為や近親相姦等の反倫理的行為を「不当に賛美」していたり「誇張」して描いていれば、「不健全図書指定」が可能にしようとしている。

したがって、これは言い方を換えれば、例えば、互いに相思相愛関係にある兄妹・姉弟・同性同士・不倫などのラブラブバカップルの正常位SEXを愛情たっぷりに描いた作品であっても、18禁マークをつけて区分陳列を強制することができるようにすることを意味すると思われる。

すぐさま頭に思い浮かぶのは、以前から槍玉にあがってきた「僕は妹に恋をする」などのタイトルだ。あるいは、主人公が何度も不倫をしている「島耕作」シリーズや、名作と誉れの高い「風と木の詩」なども該当しそうだ。
個人的感覚として「島耕作」の不倫SEXシーンや「風と木の詩」の抒情的な絡みのシーンについて「卑わい」さを感じたことはない。が、これらの作品がそういった行為を「不当に賛美」したり「誇張」したりしているかとしつこく問われたなら、どうだろうか。


3月に継続審議となり6月に否決された改正案も、11/22に公表された改・改正案も、「非常にエロいかどうか」を問わずとも、刑罰法規に触れる性的行為や反倫理的な性的行為を「不当に賛美」あるいは「誇張」していれば「不健全図書」に指定できる仕組みを追加しようとしている。
そこにおいて、「不当に賛美」「誇張」の基準は、相変わらずあいまいなままで、審査する人間の主観にゆだねるほかない。



改・改正案は、「限定」も「明確化」もなされてはいない*2




*1:【11/25追記】 東京都が作成した改正案の新旧対照表(http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/%E9%83%BD%E6%9D%A1%E4%BE%8B%E6%94%B9%E6%AD%A3%E6%A1%88%E6%AF%94%E8%BC%83%EF%BC%88%E5%85%A816%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8%EF%BC%89.pdf)は、条文のみが対象となっており、施行規則が含まれていない。そのため、今回の改・改正案は、前の改正案に比べて、「限定」や「明確化」が行われているかのように錯覚するが、実際には、前の改正案で予定していた施行規則を今回の改正案に移動させてきただけである。したがって、「限定」や「明確化」は行われていない。新旧対照表はある意味、“ブラフ”になっている。

*2:仮に、現行の施行規則にある「人格を否定する」性行為が、改・改正案の条文で追加しようとしている「不当に賛美」「誇張」とニアイコールだとすれば、その意味では「人格を否定する」という施行規則の説明を条文で「明確化」しているのかもしれない