「盆堀くん」のいましろたかし、吼える。


びっくりした。
コミックビームの最新号で、いましろたかしが吼えた。

月刊コミックビーム 2012年3月号[雑誌]

月刊コミックビーム 2012年3月号[雑誌]



いましろたかしと言えば、とにかくテンションの上がらないキャラクターの「明日からやればいいや」「これくらいやれば俺的には上出来」な生活を描き出すことにかけて右に出るものがいない、そういうマンガ家という認識だった。
もちろん、その描き出す手腕にかけても右に出るものがおらず、マンガ界以外のアーティストからもリスペクトを受けてきている。
自分がいましろたかしに出会ったのは、故ヤングマガジンアッパーズで連載されていた「盆堀くん」。
アッパーズの休刊後は、コミックビームで「盆堀さん」として連載されていた(登場人物は異なるが「中身」はほぼ同じ)。

盆堀さん (BEAM COMIX)

盆堀さん (BEAM COMIX)



傍目からみればうだつのあがらないサラリーマンそのものである「盆堀くん」は、振り幅小さめな喜怒哀楽の日常を送っているように見えて、その日常が読者の本音とストレートに結びついてくる。
読者の共感を呼ばずにおられない、愛されるキャラクターを描き出すことにかけても、稀有な才能をもっているマンガ家の一人として、いましろたかしを認識していた。




そんないましろたかしが、少なくとも熱意や正義感といった言葉とほぼ無縁なキャラクターたちを描いていたいましろたかしが、新連載「原発幻魔大戦」で原発問題に吼えた。



本気で吼えていることは、作中に出てくる固有名詞がすべて実名・実組織であることから十分に伝わってくる。



一水会」は、言わずと知れた右翼の論客兼行動者、鈴木邦男が最高顧問を務める団体のこと。
一水会」を実名で登場させたマンガを、小林よしのりのようなエッセイマンガを除けば、過去に読んだことがない。
巻頭カラーの4ページ分だけでも「正力松太郎」「CIA」「コードネームPODAM」「中曽根」「読売はCIA売国原発新聞/ペンタゴン広報機関」と、かつてのいましろたかしからは考えられないマシンガンのような連射に圧倒される。
3コマ目のセリフ「ヤル気マンマンだよ/来るぞ/再稼動ゴリ押し!」のタイムリーさにも驚く。
この新連載が掲載されたビームの発売日の2日前、2/8には、関電の大飯原発3号機と4号機の再稼動の判断材料となる「ストレステスト」結果に、原子力安全・保安院がゴーサインを出した。
原発がある地元の同意を得るため、細野原発事故担当相が根回しに動いており、ニュースへの関心が薄れやすいゴールデンウィーク中の再稼動があるとされている。
いましろたかしは、このような社会・政治の最大関心事と薄気味悪いほどリアルタイムにリンクしたマンガを描く作家ではなかったと認識している。
それに、いましろたかしが「行動するマンガ家」だとも思っていなかった。



昨年12/19、新橋駅SL広場で野田首相が街宣を行うと告知され、そこに大勢の原発反対派・賛成派、その他多くの人が集まった。
新連載「原発幻魔大戦」の主人公(タイトルの男性)は、そこを訪れ、このページの次のページで「日本/売るんじゃね〜ッ!!」と叫ぶ。
3コマ目「原発いっらなーい!」という叫びのリズムは、昨年、何度か原発デモに参加した中で、耳タコになるほど聞いたリズムと一致する。
きっと、いましろたかしは、12/19のSL広場前を実際に訪れていると思う(そして、キム・ジョンイル死去報道にともなう野田街宣ドタキャンにも遭遇した)。
焦って前のめりになり、正義感が空回りしそうになっている主人公には、自分を重ね合わせずにいられない。



ここまで「第三極」をストレートに期待するセリフを吐いたことはないにしても、五十歩百歩なことは何度も口にしていると思う。
本当に、原発が爆発した後の自分、そのままに近い。
ラストの4コマは、これまでのいましろたかしらしい、とぼけたオチ。
そこには、ちょっとした安堵感さえ漂う。



“あの”いましろたかしが、ここまで切羽詰った感のマンガを描く。
それをビームが載せる。
テルマエ効果でビームを読んだ人が「何だこれ?」とびっくりする。
そういう循環がどんどん起きていってほしい。




原発幻魔大戦 (ビームコミックス)

原発幻魔大戦 (ビームコミックス)


ビームの購読を休止していたため把握していなかったけれど、3.11から後、いましろたかしの作風は急激に変化していたらしい。
過去1年間の作品を収録した新連載と同タイトルの本「原発幻魔大戦」が2/25に出るので、この本で今に至るいましろたかしの変化の過程が分かると思う。