フリーの立場からの無断録音考


 NHK番組改編問題、朝日記者のテープ録音は違法でも何でもない。堂々と証拠提出すべき
 http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2005/week8/index.html#a0003400048情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)

だが、山岡の場合、その場の会話をすべて“隠し録音”していた。そこで、これを証拠として法廷に提出。山岡のいっていることが真実だと、裁判所も認めてくれた。
もし、あの場で身の保全のため、“隠し録音”してなかったら、誰も武井の「冤罪論」に同情してなんて信じてくれなかっただろう。
当然ながら、武井側は「隠し録音は卑劣」、「同意していない録音は証拠として無効」と徹底抗戦して来た。だが、そんな言い分を想定して録音しなかったら、山岡は「カネで魂を売った」と言われ、記者としての生命を絶たれていたのは間違いない。
何しろ、武井は広域暴力団トップへの謝礼さえ、面談しときながら平気で何度も約束を反故にしているのだ。すべてを疑ってかかって当然である。

 フリーという立場、自らが盗聴という被害にあっていた事実、を勘案すれば、その主張はもっともだと思う。
 2/13の日記で引いた「ジャーナリズム考現学」での無断録音の考え方でもちょっと触れられていたけれど、例の朝日vsNHK問題は、大新聞社という看板をしょってやった取材なので、記者だけが責任をとればいいという問題では済まない(とおそらく当事者らが考えている)面は、問題を長期化している影響にあるんだろう。