「マザー・コスモス」(杉山実) 青林工藝舎


 表紙に惹かれた。帯の文句「有機ロボットと共に楽園を探し求める」にも惹かれた。しかしなんといっても、巻頭口絵カラーのサイケ+インディオ風二足歩行ロボット。上半身は斜め立ちなのに、膝が両方とも正面を向いてる。これだけの描き込みをできる作家にして、根っこのところに小学生のような感性が見える。


 後付けっぽい設定が次々出てくる。分かって配置した寓話、というより、思いついたことを好き勝手に自分世界地図に書き散らしておいたものを、後から付け足し付け足ししてるような印象を受ける。気の向くまま、思いつくまま。のびのび描けたで賞をあげたくなるような。
 一方で、奇奇怪怪のロボットや巨大構造物や変異体たちは、基本、3次元を念頭においてることも分かる。いろんな角度から描かれるロボットたちからそれは分かる。
 しかし、3次元のかっこよさと2次元のかっこよさがまた異なるのも事実で、3次元のかっこよさを2次元にそのままもってこよう、この作者の緻密だが整理されてはいない児童的熱意を込めた画力で忠実に再現しようとすると、なんかズレてしまっている。


 そのズレに、子供の頃の自分を重ね合わせる。緑が9割、水門の灰色が1割の、河の土手を描いた水彩画がなぜか市の賞をもらったときの近視感。


 主人公の少年たちが乗り込む「ダチョウ」と呼ばれる二足歩行の輸送ロボット。箱型の胴体の後部両扉が開き、格納されている「オオカミ」と呼ばれる4速歩行のケモノ型ロボット(背中にコクピット→胴体部に格納され人間型ロボットに変型)が飛び出す。ギミックが、とても超合金的。


 「ダチョウ」の箱型胴体の前方両脇の2つの足。
 その足の付け根。
 軸受けがなさそう。というか、動力部とリンクさせる構造がなさそう。というか、そもそも動力部を積んでなさそう。というか、プラ棒とポリキャップでくっついてるだろ。作者の頭の中で。でも、読んでておもちゃが欲しいと思ったマンガは、これが初めてだよ。




 安心して眺めていられない稚拙さがイトオシイ、そんなマンガである。


マザーコスモス

マザーコスモス