シリアナ(監督・脚本:スティーブン・ギャガン)

アスホール。



 新宿東急で19:00の回。


 何を期待して観にきたんだがちょっと分かりかねる二つ隣りの席の若めカップルが案の定、上映中盤あたりから、頻繁に座り直したり食い散らかしたり「あいつ、自爆テロすんのかな?」とうっとおしさ爆発。
 それとは別、自分のすぐ後ろの席の女は延々とぼそぼそと擦れた声で映画と関係あるんだかないんだかよく分からないことをしゃべっているのでちらっと振り返ってみると、片方の女が隣りの女にしなだれかかったレズカップル。


 で、映画を見終わった後、歌舞伎町から西口方面へガード下を歩いていってゴールデン街の近くのチケット屋をいくつか回ってみて推察したのは、980円で売られていた東急の株主優待券が原因の一つだったんではないのかなということ。まったくこの映画に興味がない様子を隠そうとしない観客がいたのは。映画に集中したい人は、新宿東急以外のシネマをオススメする。




 閑話休題




 ドキュメンタリータッチの映像でアメリカ―メキシコを結ぶ麻薬の現実を描いた名作「トラフィック」の脚本家スティーブン・ギャガンが今度は脚本といっしょにメガホンをとり、石油利権をめぐる米、CIA、石油メジャー、中東某国、原理主義のそれぞれの立場からの思惑と行動と一つの結末を描く。


 再びのドキュメントタッチはやはり個気味いい。パンフレットには中村明美という映画ライターの人の解説で「脚本こそが、この映画の主役である。」とコピーがつけられているが、その通りである。


 そして、前述の若めカップルとレズカップルの態度を、耳障りな音を立てられてたのはともかく、彼ら彼女らが映画にのめり込めずにいたのは、少なからず同意する。一度見ただけでストーリーを理解するのは困難である。理解するのに気力を消費させられて、映像やセリフの細かい言葉遣いにまで注意を払って楽しむ余裕はほぼない。


 例えば、ジョージ・クルーニー演じるデブチン髭親父CIA工作員(体重18㌔増やして米アカデミー助演男優賞受賞!)が、組織でハブられ始めているというのはなんとなく分かっても、じゃあ、クルーニー演じるその親父が、今何の職務で行動していて一方で私的意思としては何を狙って動いているのか、分かりにくい。ラストに白旗をかかげてナシール王子の車の列に向かっていくシーンなどは、助けにいったのか単に足止めしにいったのか、まだよく分からない(助けにいったにしては何もしないうちにドカーンされたし)。
 ジェフリー・ライト演じる弁護士の黒人が、合併する石油メジャー2社両方のためでなく、一方の会社の合併利益を高めるために裏取りに走っていたなんてのもパンフレットを読んで初めて分かった。


 もう少し色気があれば、という指摘もあるかもしれない。
 「トラフィック」では、キャサリン・ゼタ・ジョーンズが演じた、麻薬密輸容疑で係争中の夫のためメキシコの麻薬マフィアと直接交渉に臨む妊娠6ヶ月の妻や、マイケル・ダグラス演じる麻薬撲滅対策のキャップを父親にもつドラッグ中毒で厚生施設脱走後は売春してヤク代を稼ぐ16歳女子高校生=エリカ・クリステンセンが、ストーリーの中核にいた。16歳女子高生ははっきり言っておデブさんのため別にそそられはしなかったが、ゼタの妊婦ドレス姿はかなり華を添えていた(ゼタが絡むシーンはフルカラーのため色気を削がれてないということもある。ダグラス話は薄い青、メキシコ話は薄い茶色で色調を整えられてる)。

 シリアナでは、マット・ディモンの妻役の人がかろうじてかな、といった感じ。米メジャーと手を切り中国資本メジャーと組んで中東某国のための石油利益を動かしていこうと考えるナシール王子に賛同し、家庭を顧みなくなっていくディモンを「母親」「主婦」として身勝手だわ! と追及しているのであって、「女」としてではないが。


 米、CIA、石油メジャー、中東、テロの主題に触れたいし、触れなければいけないのだが、この映画がどれくらい一般の観客に開かれているのかというところを、やはり先に論じたくなる。絡み合う群像劇の面白さを味わう域に到達する前に、設定を理解するほうに気力をどんどん消費させられたのは、なんというかもったいない、観客と製作者のお互いに。


 ラストは、静かに終わっていく。主要人物の幾人かは死に、夢破れたディモンはぼろぼろの状態で砂漠へ向かって歩いていき、息子と妻が待つアメリカの我が家へ。現在進行形のテーマであるのは「トラフィック」と同じだが、そちら以上にセンシティブであるからだろうか、ストーリーに明確な結末はつけられていない。
 腕組みして迎える妻は、ディモンをどう受け入れるのか。CIAによるナシール王子の暗殺で、王子の仲介により王子の国の石油採掘権を手に入れた中国資本メジャーの巻き返しは。そういえば、ナシール王子が頼りにした中国資本の思惑がまったく描かれない。これは、脚本のギャガンがそちら方面の取材が及ばなかったのかなんらかの意図があって入れなかったのか。中国描写がほとんどない理由の実際のところはどうなのかね。




 ところで話を閑話休題前に戻すが、一度観ただけでは内容が分かりにくい映画なのはとにかくそうなので(ほぼ同じスタッフで撮った「トラフィック」よりはるかに!)、もう一度観たくなった時に映画の日より安い980円で観られる手段があるのは、それはそれでいいのかも。




 今回の結論は、1回980円で2度観る映画、ということで。



参考:公式サイト