蟻の兵隊(監督:池谷薫)

奥村和一(現82歳)



 渋谷シアター・イメージフォーラムで18:40の回。
 開場を待っていると、地下にある映場に続く急な階段を、前の回の観客がのぼってくる。ビニール傘を杖の代わりにしながら、ふぅふぅ言って上ってくるお年寄りの人が多数。それでも、この映画に出てくる出演者の息子や娘にあたるような年齢だろう。かつて、兵士として狩り出されたのではない年齢の。かつて、支那派遣軍総司令部第1軍司令部の澄田貝來四郎中将という司令官と国民党軍との間の密約で、日本国家=ヒロヒト天皇の命令と信じさせられて3年半に渡って共産党軍と戦った2,600人の兵士たちの息子や娘たちと同じくらいの年齢の。




 映画のラスト。


 かつて共産党軍と戦い、捕虜となった後、帰国し、定年退職した91年から同じく残留させられ共に戦った元兵士たちと国を訴えてきた奥村和一(80)が、残留が国の命令だったという証言を求め、電話での依頼を断られたある元日本兵士を自宅にアポなしで訪問し、庭の窓越しの必死の説得にもかかわらず「60年前のことだから」と繰り返されるのみで、あきらめることを余儀なくされた後、口にする台詞。



 「時間との戦いだ」。



 この台詞が、ひしひしと、身に沁みた。



 60年前のことが終わってない奥村。訴訟は去年の9月に上告が棄却。法的には決着をつけられてしまった。それでも、このまま終わらせられないという80歳の執念。武装解除を決めたポツダム宣言に違反していたことになる残留を、個人の集まりがそれを怠っていたということにしたい国と、軍の幹部が保身のために敗国の行く末を脅かすようなことをやっていたことを認めたくないのだ、と指摘する奥村の独白。それを植えつけた15年戦争。映画の中で、訴訟の間に4人の仲間が鬼籍に入った、というテロップが流れる。なかったことにしたい国と、終わったことだと取り合わず思い出したくない元日本兵。奥村が、病院の介護ベッドに横たわりチューブを鼻に入れられた宮崎舜一(97)という元中佐の上官を訪ね、訴訟がうまくいってないことを謝ると、痴呆が進んで口を始終半開きにした、まともな受け答えができないはずの元中佐が、怪鳥のような呻き声をあげ続ける。あるいは、首につけたロープで犬に掘り出される瞬間のマンドラゴラの産声。演技や演出の呻き、ではないと分かる。60年という時間を経過し、もうまともな思考ができなくなっているはずの元中佐にとっても終わってない。自分の時間はもうすぐ終わるけれど、終わってないシコリと不名誉が残っている。




 あの戦争を甦らせた映画にまわす時間と金は、終わってない過去として少しでも記憶に留める映画のためにまわしたほうがいい。あるいは、かつて中国や東南アジアに派遣された存命の身内をもつ人なら、その身内の中にあるきっとまだ終わってない戦争を記憶と記録に残すような。




 靖国で演説をぶった帰りの小野田(フィリピンのジャングルで見つかったとき開口一番「塩をくれ!」と叫んだとかいう)に「侵略戦争の美化ですか」と詰め寄る奥村に、そのまま通り過ぎながら一度戻って声を荒げ何事か吐き捨てる小野田。取り巻きが「侵略戦争じゃなかった」と後追い。「ボーリング・フォー・コロンバイン」で、ムーアが全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンの邸宅に突撃インタビューを行ったシーンを思い起こさせた。



今も体内に残る無数の砲弾の破片。それは“戦後も戦った日本兵”という苦い記憶を 奥村 和一 ( おくむら・ わいち ) (80)に突き付ける。
かつて奥村が所属した部隊は、第2次世界大戦後も中国に残留し、中国の内戦を戦った。しかし、長い抑留生活を経て帰国した彼らを待っていたのは逃亡兵の扱いだった。世界の戦争史上類を見ないこの“売軍行為”を、日本政府は兵士たちが志願して勝手に戦争をつづけたと見なし黙殺したのだ。
「自分たちは、なぜ残留させられたのか?」真実を明らかにするために中国に向かった奥村に、心の中に閉じ込めてきたもう一つの記憶がよみがえる。終戦間近の昭和20年、奥村は“初年兵教育”の名の下に罪のない中国人を刺殺するよう命じられていた。やがて奥村の執念が戦後60年を過ぎて驚くべき残留の真相と戦争の実態を暴いていく。
これは、自身戦争の被害者でもあり加害者でもある奥村が、“日本軍山西省残留問題”の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った世界初のドキュメンタリーである。


日本軍山西省残留問題

終戦当時、中国の山西省にいた北支派遣軍第1軍の将兵 59000人のうち約2600人が、ポツダム宣言に違反して武装解除を受けることなく中国国民党系の軍閥に合流。戦後なお4年間共産党軍と戦い、約550人が戦死、700人以上が捕虜となった。元残留兵らは 、当時戦犯だった軍司令官が責任追及への恐れから軍閥と密約を交わし「祖国復興」を名目に残留を画策したと主張。一方、国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」とみなし、元残留兵らが求める戦後補償を拒み続けてきた。 2005年、元残留兵らは軍人恩給の支給を求めて最高裁に上告した。


参考:公式サイト





 上映前に、8/5から公開の「太陽」予告。ヒロヒトとしてのイッセー尾形の声の抑揚がそのもので鳥肌。カメラをもったヤンキーたちに囲まれ、花壇の前でポーズをとるヒロヒトのたどたどしさ。桃井かおりにしなだれ頬擦りするヒロヒト。これは観たい。





 コイズミが8/15に靖国に行けば、合祀を嫌って参拝をやめたヒロヒトを軽んじる非国民となる。そのことは、ヒロヒト天皇人間宣言を60年経って裏付けることになる。民主国家への新たな1ページ。
 コイズミが8/15に靖国に行かなければ、天皇への畏敬の念という国体主義の重みが回復する。国家主義への一歩。



 だから、コイズミは靖国に行け。