アフタヌーン 10月号

四季大賞「虫と歌」(市川春子

 まぁ、ありきたりな言葉で申し訳ないが。



 余韻が。



 たいしたもんだね。



 『昆虫の模型づくりを生業としている兄、その手伝いをする弟、妹の家族のもとに、ある夜、触覚を生やして甲虫の羽をもつ人型の生き物が飛び込んでくる。それはかつて兄が実験の失敗作として海に沈めた作品だった。そして、3人と一匹の暮らしが始まる……。』


 個人的に苦手、というよりあまり読んでいて気持ちよくならないはずの高野文子系の絵柄が、兄弟妹の誇張のない淡々とした日常の会話をほどよく演出し、外見が昆虫人間な一匹に過剰なSF臭さを与えないため、ストーリーを噛み締めることに集中させる。


 家に飛び込んできたときに触覚を根元からもぎ取られていた一匹は、長い間海中にあったこともあって、長くは生きられないことが、ところどころでさりげなく示唆される。一匹の面倒を甲斐甲斐しく見て、言葉を話せるまでに成長させた弟に看取られながら、ある冬の夜に逝く。


 そこからは物語はさらに続くわけだが、どういう形で続くかは、読んでみて欲しい。ただ、一匹と弟の関係が弟と兄の関係に引き継がれリフレインしていき、そこから物語の広がりが一気に増す。弟の告白が真っ白なページに吹き出し2つ、ぽつんぽつんと置かれた山場は、薄くて軽やかな何かがぞぞぞと這い上がってくる。


 そして、ラスト5ページの後日談。さあ、思う存分、余韻に浸れ。



四季賞「鵬の眠る城」(金田沙織)

 『香港にかつてあった九龍城を思わせる巨大で腐りかけた四方体の集合ビルを舞台に、近隣の国から戦火を避けて住み着いたネゴシエーターな少女、城の中の賭博・麻薬・売春を仕切る3派閥、大多数を占める一般住民ら、の微妙なバランス関係が、査察に到着した行政官2人をきっかけに崩れ始める……。』


 圧倒的に物語の中で動いているのは、少女、3派閥、行政官2人のはずなのに、彼ら彼女らにいまいち深みを感じられない。ただし、面白くない、のではない。無法地帯である城をなぜに国が制圧できないのか、そのナゾを柱に置いた展開は、ページをめくる指先を急がしくさせる。


 あまりキャラクターを重要視していないから、ということは言えるかもしれない。きっと、よく描きこまれた厚みと重さを感じさせる城の内部外観と、そこに根付いた一般住民らの生活の様子のほうに惹かれてしまって、いろいろと想像をめぐらすからだろう。城と住民が支える放置された無法地帯のナゾと崩壊、というストーリーラインが主役と考えれば。96Pのボリュームが負担にならなかったことは、それが成功していると考えていいのではないか。応募原稿枚数無制限、本誌1000Pオーバーを謡っていたことのあるアフタヌーンならではの作品。


 個人的な近視感は、船戸与一の「伝説なき地」で、南米の無法者たちが繰り広げた末路。「伝説〜」よりは後味がいいが。



四季賞「呪縛」(植木勝満)

 『兄の敵討ちに向かった道場で、すでに死んでいた敵の娘と平和に暮らすうち、ある日、その祖母からいい加減に嫁にもらえと打診を受けるが……。』


 惜しい。もっとストーリーをシェイプできるはず。うぶな主人公がつっけんどんに頬を赤らめる娘にメロメロになって表情を崩す挿入は、ちょっとしつこいし浮いてる。ネームもこの手の時代劇にしては説明的になってる。あと、ラスト3ページがちょっと、結局どちらに転んだのか分からなかった。猫の鳴き声で暗示はされてるんだけど、そこは逆に分かりやすい絵が欲しかった。



谷口ジロー特別賞「My name is …」(芝孝次)

 『幽体離脱して森の中で迷っていた少年が、少年を見ることのできる少女の助けで、自分の肉体を探しに旅立つ……。』


 絵柄、物語とも暖かで落ち着きがあり、それこそコミティアで読めそう。一番そつなくまとまっていたけれど、おおきなうねりは感じなかった。好き嫌いはあるかも。



月刊 アフタヌーン 2006年 10月号 [雑誌]

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