掟破りの更新。

 つまり最近よくみる夢の話。







 水深で2メートル〜5メートルくらいの湖。透明度は高い。ゆらゆらと揺れる水草が生えている。湖底は黒い砂利。でも、水草に隠れて、砂利はほとんど見えない。水は冷たそうにも感じられるが、素肌で触れたことはない。



 広さはよく分からない。一つには、大きさがそのときそのときで変わるから。向こう岸が靄の中からぼんやりと見えることもあるし、視点が周囲500メートルくらいにしかフォーカスが合わないままのこともある。もう一つには、湖が、どこにでも現れるから。6畳間の1畳分がぽっかり湖の一部分になっていたり、作戦司令室の10分割モニター画面に映し出されていたり、区画整理で基礎工事中の現場の穴ぼこにぽつんぽつんと出現していたり、シチュエーションが異なるから。



 今日は、大きなデパートの1階出入り口をぐるりと囲むように、出現したりする。その場合、ちょうど大雨があがった後の水溜りのように出現している。幅で2メートルくらいの水溜りとして、ちょうどジャンプすれば飛び越せるか飛び越せないか、それくらい幅で。人の出入りはひっきりなしにあるが、立ち止まって覗き込んでみようとしても、後からくる人はそれを避けて邪魔にならないくらいの多さ。



 湖底は、光の反射や水面に浮いた白くて薄い膜や水草のゆれや流れてくる落ち葉や沈んでいる流木やらのおかげで、よく見えない。あまりよく見えないように、なっている。そういう設定らしい。ただ、湖底にあるもののことは知っている。おそらくそれを見ようとしている。



 湖底には、人が仰向けで横たわっている。服は着ている。目を開いている人が半分くらい。口は閉じている。靴も履いている。眼鏡はおそらく流されてしまっている。何人もいる。若い人が多い。女性が6、男性が4くらいの対比。カジュアルでお洒落な服装が多い。横たわる向きはバラバラで、ある人の赤いブーツが別の人のボブカットのすぐ横にきていたりする。数はとても少ないがまだ、意識のある人もいて、水面の外のこちらを見ていたりする。横たわった身体は動かせない。動かないために沈みにきた人たちだから。



 沈むときは、湖のほとりの浅い場所から水深のある場所まで歩いて、身を横たえる。だから、湖のほとりのほうが、横たわっている人の密度は高い。高い地域で、6畳あたり2人くらいが横たわっている。中央にいくほど、横たわっている人は少ない。少ない場所を目指してボートを出す人もいるが、数はとても少ない。沈むときには、なるべく波紋をたてず音をたてず、静かに沈むようにすることが慣わしになっている。



 湖に沈んでいる人を、こちらは死者だと考えている。湖には触れてないいけないと考えている。だから、例えば、デパートの周りをぐるりと囲む水溜りのように出現した場合には、なるべく幅の狭い場所を選んで、みんなジャンプして飛び越すようにしている。



 湖底に横たわっている人たちは、ずっと腐らない。いつまでも。ただ。服を着ていない素肌を出している顔や手先の部分は、光の反射や水面に浮いた白くて薄い膜や水草のゆれや流れてくる落ち葉や沈んでいる流木やらのおかげで、よく見えない。だから本当に腐っていないかは、分からない。横たわっている当人を除いて、腐っているかいないのかは分からない。首も身体も動かせないので、周りでいっしょに沈んでいる人にも、腐っているのかいないのかは分からない。本当に腐っていないかを確認できるのは、沈みにきて身を横たえるときの数分の間だけだろうが、横たわってしまえば遠からず意識をなくしてしまうので、やっぱり腐っているのか腐っていないのかを知らないのと同じことになる。








 今日は、水溜りの向こう岸に着地するとき、少し手前に足をつけてしまって、そこで目が覚めた。