シッコ(監督:マイケル・ムーア)

 新宿ジョイシネマ2で15:35の回。しばらく来てなかったら、指定席制を始めてて、うっとおし。



 ムーア流のユーモアと皮肉が小気味良いドキュメンタリ映画。前作の「華氏911」、前々作の「ボーリングフォーコロンバイン」は、アメリカのマスコミがほとんど伝えないブッシュ政権銃社会の実態を描き、ムーアの目論見通りに物議をかもし、社会的反響を得た(結果的に、ブッシュ再選は阻止できなかったが)。「シッコ」でも、公開後、来年の大統領選挙に向けた争点の一つに、国民皆保険制度の導入が浮上しているらしい。
 ただ、前2作に対するアメリカの観客の期待が、突き詰めれば「テレビで見せてくれないものが観れるんだろ?」というところにあったとすれば、「シッコ」にそこまでの新鮮さはない。自分も、前2作ほどにスクリーンを注視させるほどだったかというと、映画が進むにつれて自分の心に余裕のようなものが生まれていかざるをえなかった。
 けれど、アメリカでの社会的反響は前2作に勝るとも劣らないものであるらしい。それはそうだろう。(ブッシュ政権がでっちあげたのかもしれない)テロリストに殺される確率や銃で撃たれる確率と、ちょっとした病気や怪我になって多額の医療費を支払えずに健康を脅かされる確率と、どちらが高いか?
 だから、そのような対比で言うと、映画館を出れば、アメリカの実情より自分にとってクリティカルに切実な、破綻寸前の国民保険制度と同様に財源問題を抱えた年金制度が待ち受けることを頭の隅で考えながら鑑賞せざるをえない。
 「華氏911」と「ボーリングフォーコロンバイン」のテーマは、アメリカという社会でなければ撮ることができない。が、「シッコ」は日本版が出来得る。映画の中でアメリカよりも優れた医療保険制度を持つ国として切り取られた、カナダ、イギリス、フランスのそれぞれの国においても各国版が可能(特に、サルコジ政権が誕生したフランスは医療費削減の方針を明確に示している)。そういう意味では、前2作よりも、日本人に行動の必要性をつきつける映画という言い方ができる。



 映画の中で、米国で満足な医療サービスを受けられなかった人たちがムーアに連れられ、米国よりよほど充実した医療制度を持つキューバで措置を受けるシーンが出てくる。呼吸器疾患といった、決して難病ではない類の病気の治療を受けられることになって、米国人の患者がキューバ人の医者に涙ながらにお礼を述べる。民放の特番などで時たまある、高水準の医療技術を求めて海外渡航する家族のお涙頂戴番組などより、よほど感じ入った。



参考:公式サイト