現状把握はその通りでも、理由に違和感。

いい機会ですので、ここで出版のダウンロード配信についての私見を書きたいと思います。自分は、インターネットは「宣伝媒体」としては超有効だが、「データをダウンロード販売して直接お金に換えること」においてははなはだ不適当なメディア・インフラだと考えております。いくつかの例外を除いて、デジタルデータのダウンロード配信のビジネス化は、ことごとくが失敗の歴史であり、その最大の理由は、

「人は、“かたちのあるもの(本やグッズなど)”にはお金を払うが、“かたちのないもの(デジタルデータ)”には払いたくないもの」だと思うからです。

須賀原氏が美談のように書かれている「ネット配信はほとんどが赤字であり、ネットだけでは全然儲けが出ないのだ。それでも、近未来のマンガ界のためにネットに先行投資してきたのだ。」という苦しい実態は、当然のことだろうと考えます。従来の出版ビジネスの延長で「ネット配信で儲けよう」と考える時点で、おそらく無理があったのです。従来の価値観でネットをとらえる限り、利益を上げることは困難でしょう。

ダウンロード配信の課金ビジネスで成功したといえるものは、今のところ「音楽(iTunes、着メロ)」「エロ動画」、「ケータイ配信の(エロ)マンガ」、一部のネットサービス(ツール系PCソフトウェア販売、オンラインゲームなど)くらいではないでしょうか。それ以外、従来紙の本やDVDなどで販売されていたコンテンツ(マンガや小説、ドラマ・映画など)のダウンロード課金システムは、ほとんどビジネスになっていないはずです(私が知らないだけかもしれません。他に成功例があったら教えてください)。

自分は、佐藤秀峰氏の自作マンガのネット配信を、興味を持って見ておりますが、ビジネスとしては、残念ながら成功する可能性は低いのではないかと考えています。理由は上に書いた通りで、普通の読者は「ネット・コンテンツはタダ」という心理が強いからです。自分の考えでは、ネット上ではあくまで無料で作品を読ませ、紙の本を売るための宣伝に徹したほうがいいように思います。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-09de.html


「インターネットは「宣伝媒体」としては超有効だが、「データをダウンロード販売して直接お金に換えること」においてははなはだ不適当なメディア・インフラ」という現状把握はその通りだと思うけど、それに続く理由に違和感。

「「人は、“かたちのあるもの(本やグッズなど)”にはお金を払うが、“かたちのないもの(デジタルデータ)”には払いたくないもの」だと思うからです。」と述べたすぐ後に、成功事例として「かたちのないもの」の代表である音楽やエロ動画のダウンロード販売を出されても、混乱する。説得力がない。
同じく、「普通の読者は「ネット・コンテンツはタダ」という心理が強いから」という理由についても、それが理由ではないだろうという感覚のほうが強い。

「タダ」で手に入れるにしたって、そのための手間(時間・知識・技術)は必要になる。正確には、もっと負担の軽い方法があり、それがはした金で使え、かつ、はした金を手軽に支払える課金インフラが整えられていないから、「タダ」の魅力が勝っているんじゃないか。クレジットカードやウェブマネーは一般化しているようでいて、それでも敷居が高い。

音楽も動画もマンガも、それらコンテンツは結局は、大勢の人にとっては暇つぶしの一つ。また、暇つぶしに大枚をはたくマニアは、ごく少数。総量として大枚になっても、一個一個のコンテンツに支払う額は、はした金がほとんどだ。
暇つぶしに支払うための課金インフラの敷居が高いとなれば、大多数の顧客はしり込みし、マニアは手間(時間・知識・技術)をかけてタダで手に入れる。少数の顧客にはした金しか支払ってもらえないとなれば、事業者はやる気をなくし、撤退する。
存在さえ感じさせないほど浸透した料金回収代行システムが、WEB上には存在しない(携帯電話のようには)。


じゃあ、たとえば、「かたちないもの」であるiTunesは何故、成功しているのか?
暇つぶしが求めるニーズを考えてみれば、その背景に一歩、近づきそうだ。暇つぶしは、「暇つぶしをしよう」と意気込んでするものではない。暇つぶしの基本は「いつでもどこでも」。待ち合わせまでのちょっと空いた時間に、電車に乗って移動する10分や20分の間に、寝る前のベッドの中で、etc、etc。
そこにiTunesはイヤフォーンの形で入り込んだ。日常に、生活の身近に入り込んだ。「いつでもどこでも」お供しますよ、ご主人様。CD? あんなかさばるもの持って歩けないっしょ。
同じように、エロ動画の成功は、「こっそり過激に」のニーズを満たして、ビデオ屋までの距離を埋める形で身近に入り込んだから。「こっそり過激に」お供しますぜ、旦那。ケータイマンガも、エロ・TL・BLで「こっそり過激に」を提供した。電車の中で、快楽天コミックメガストアを読めますか?(読めるという人は御免なさい。自分はヤンチャン烈までなら) でも、ケータイマンガなら、美人OLの隣に座りながら、犬の「赤ずきんは狼が好き」だって読めちゃう。自分は男だが、女性なら「こっそり過激に」の恩恵はもっと大きいだろう。



失敗の最大の理由は、「かたちのないもの」だから、「タダ」が当然だから、ではないのではないか。誰が、どういう手続きで、どういうシチュエーションで、何を読みたがっているのかを把握するほうが、先じゃないのか。電子ペーパーなんかの普及を待ってたら、出版・取次・書店のシステムのほうが先に逝っちゃう。まずは既存インフラの見直しから。時間は有限、タイミングは一時。