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  • GONG格闘技 3月号

GONG(ゴング)格闘技2012年3月号

GONG(ゴング)格闘技2012年3月号

    • 晦日に行われた「元気ですか!! 大晦日!! 2011 (観戦:http://d.hatena.ne.jp/bullet/20120109#p10)」と現地時間12/30開催のUFC141ほかを特集。
    • IGF、つまりプロレスとの共催で行われた、興行としての「元気ですか!! 大晦日!! 2011」を、「教えて、教授!」のコーナーで松原隆一郎氏が、「世界と乖離し、世界MMAとも乖離を象徴した興行だったと思います。果たしてどこへ向かっていくのか、日本のMMAの先行きがあらゆる意味で心配です。」と指摘していた。また、アメリカのようにPPVを資金源とする方向を目指すべき、と。
    • 2/26UFC日本開催(ズッファ体制での初開催)を控えて、仮に、同じさいたまスーパーアリーナで開催されるUFC日本の集客が「元気ですか!!」のそれを上回るか同程度となれば、それはどういう意味持つか(開始時間が午前10時というハンデがUFC日本にはあるので、そこも差し引いて)。UFC式のMMA興行に今後の日本総合復活のヒントが隠されていると見ることができる。と、同時に、IGFとの共催で大晦日興行にやっとこぎつけた、日本総合の瀕死状態が、否応無しにクローズアップされるということにもなる。
    • 桜庭&柴田がプロレス≒IGFルールで鈴川&澤田とタッグマッチを行った例の試合については、「MMAで4連敗した選手と5連敗した選手が組んでプロレスをやると、何か別の意味が発生してしまうんじゃないでしょうか。」と気にかけていた。プロレスファンの自分は、総合の興行としての色合いが濃かった「元気ですか!! 大晦日!! 」で、IGFの鈴川&澤田を悪役にDREAMの桜庭&柴田が客の溜飲を下げた、という試合の見方をしていた。総合ファンからすると、プロレスに日本の総合が飲み込まれてしまうような……プロレスに源流を持つ日本の総合が“先祖がえり”を起こしてしまうような懸念がよぎったようだ。
    • 晦日さいたまスーパーアリーナには、おおざっぱに言って3種類のファンが来場していたと思う。
    • この3種類。プロレスと総合を完全に別物と捉えている「最初からの「総合格闘技ファン」」は、連敗を脱せない落ち目の桜庭&柴田がしょうがなくエキシビジョンをやらされている、でも2人とも元はプロレス出身でアングルとしては申し分ないので見世物として面白がれる――そういう見方だったんじゃないか。
    • プロレス最強説から覚めてひさしい「プロレスから転向した「総合格闘技ファン」」は、UWFと新日という過去の看板を背負った桜庭&柴田の2人にある種のドラマを自己生成しながら、プロレス界の新参であるIGFの鈴川&澤田をプロレスのイロハにまだ未熟なルードと位置づけて、かつてプロレスファンだった自身と過去の栄光を懐かしむ。
    • そして、今のプロレスをリアルタイムに追いかけている「プロレスファン」は……というか自分のことだが……IGFに今のプロレスを代表される空間にもどかしさを感じつつ……会場の「最初からの「総合格闘技ファン」」「プロレスから転向した「総合格闘技ファン」」に鈴川&澤田がくさされているように思えてなんだか面白くないものの、2人を積極的に応援するのも何か違うような……そういうもやもやを抱きながら、とにかく居心地の悪さを感じていた。
    • K-1MMAの元トップや相撲出身者らを抱えたIGFは、かつてのジャンル対抗戦を目指しているように見える。かつてあった、ひりつくような空気が支配した、猪木が先鞭をつけた70年代〜80年代の異種格闘技戦。けれども、それはIGFという空間でこそ再現可能なものであって、総合の緊張感に比すことはできないことがはっきりした大晦日だった。今週の週プロのインタビューで桜庭&柴田が、IGF側の安直な因縁づくりを批判したのも分かる。総合の試合とIGFルールの試合で、それぞれの煽りVの出来の差にその点がはっきり出ていたと思う。セミファイナルで行われた、青木vs北岡の悲しくなるほどのアングルに比べれば、一等落ちる。
    • 「プロレスファン」の自分から見たIGFは、4年経ってもまだ形の定まっていないなんだか一言で言えないもの、ということで済ませることもできるけれど、海外との差が開く一方でつとに焦りを募らせる総合ファンからすると、もっと複雑な……手を組むことにアリ地獄に落ちるような感覚を覚えてしまってもおかしくないんだろう。
    • 売り上げで言えば、日本のプロレス団体すべてまとめたって、ずっと前からWWEの足元にも及ばない。が、総合は、ほんの4、5年前までビジネスと選手レベルの双方で世界トップだったという自負がある。そのあたりの割り切りがまだうまくいかないのかもしれない。