上京物語としての「SUGAR」(新井英樹)
マンガご当地巡り、偶発の2発目。
高田馬場にあった赤井ジム=青木ジムに続いて、金曜に見つけたのは、凛がプロボクサーとの二束の草鞋で板前としての修行を積む「天海」。実物は「玄海」(
http://www.genkai.co.jp/)だった。
地図上ではここ(http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.41.19.168&el=139.42.48.002)。靖国通りをはさんだ向かいの区画はもう2丁目。先輩板前にいる、ギャンブル好きで「ミスター2丁目」の三枝があしげく通うにもってこいの立地であった。
昼休みに毎日、凛が通う中尾ボクシングジムも、この歓楽の街のどこかに実際、あるんだろう。
「SUGAR」の面白さが、新井独特の解釈、構成でさまざまなベクトルから凝った見せ方をしてくれるボクシングにあるのは言うまでもないが、ヤンマガでの連載再開を心待ちにしているもう一つの楽しみは、高校を中退して北海道から身一つで出てきて板前修業による自活と日々のボクシング練習を両立させていく様、故郷を離れて一人で生きていく(+成り上がっていく)様を、実際の新宿、東京という街を詳細にトレースした絵で、強い実感をもってこちらに迫ってくるマンガだからだ。
たとえば、ジョーや一歩の物語には、当時の東京、今の東京でどうやって生きているかという雰囲気を、凛の物語ほど汲み取ることはできない。
そして両者とも故郷がすでに東京にある。
荒川、江戸川沿いの下町に住むジョーは、生まれは身寄りのない天涯孤独としても、仲間のいる生まれのそこを離れたことはなかった。
イジメられっ子で仲間と呼べる人間のいなかった一歩は、ボクシングを始めてからジムメイトと切磋琢磨するなかで、家の釣り船屋を手伝いながら、地元で頑張る。
凛が生活のために働きボクサーになっていく新宿の街は、「ジョー」や「一歩」が暮らす東京という漠然とした街よりも、はるかに詳細で具体的に描かれる。そこで生きている他の大勢の市井の人間も。一歩の物語は、その背景として、鴨川ジムと、実家の釣り船と、後楽園ホールがあればこと足りる。鴨川ジムから、あるいは実家から後楽園ホールに向かう道程で、一歩は東京の街を歩かないし、歩く必要がないマンガだ。
凛は、新宿にある中尾ジムから、高田馬場にある青木ジムに出稽古に向かうとき、外回りの山手線に乗る。乗ってる最中に、列車の中で先頭方向へ中尾と歩いている。先頭方向にいたほうが、高田馬場駅に着いたとき早稲田改札口に近いホームに降りられるからだ。列車後方に乗ってたんでは、戸山口から降りることになって、このあたり(http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.42.35.334&el=139.42.37.753)にある赤井ジム=青木ジムからは遠くなる。
細かいだけの話かもしれないが、凛は、「天海」で、「中尾ジム」で、東京という街で生きて、その上でボクシングを習得し成り上がっていこうとしてる。そのリアリティが、連載がまだ再開されない今、凛はどうしてるのかという、まるで小学生に戻ったかのような空想を自分にさせる。
ほかに、まだまとまらない分を連想形式で。
- 多くの上京物語で最終的にテーマになっていくのは、日本→世界という構図。地方→東京の構図はすぐに消えていく。全国制覇程度は、地元、または上京先の学校、所属団体などを拠点になしとげられる。個人レベルの上京は、世界がターゲット。物語のスピードとの関係上。そう考えると、確かに「SUGAR」のストーリーの歩みは遅い。
- 上京物語としての「魔女の宅急便」。
- 上京物語としての「アニメがお仕事!」には、主人公の双子の彼女が、スターになれる目通しがなかなかつかないように描かれるから、つらい。
- モーニングの「青春の門」。上京物語とは、つまり青春モノとか自伝モノと重なるわけだ。
- 上京物語の対面にある、逃避行モノ。こちらは青春とは重なりにくいか。自立してなければ、逃避行は完遂できない。