「ケータイコミック大賞」に見え隠れするもの。


携帯電話向け電子書籍サービス企業4社にて、お客様参加型「ケータイコミック大賞」を共同開催
http://www.infocom.co.jp/cone_new_jp/info/press/2010/p10061001.html

携帯電話向け電子書籍配信サービスを展開する、エヌ・ティ・ティ・ソルマーレ株式会社(大阪市中央区 代表取締役社長 大橋大樹、以下 NTTソルマーレ)、株式会社ビービーエムエフ(東京都千代田区 代表取締役社長 谷口裕之、以下 bbmf)、株式会社ビットウェイ(東京都台東区 代表取締役社長 小林泰、以下 ビットウェイ)、インフォコム株式会社(東京都渋谷区 代表取締役社長 吉野隆、以下 インフォコム)の4社は、携帯電話上で漫画を配信するサービスである「ケータイコミック」の普及促進と利用者の増加を目的に「ケータイコミック大賞」を平成22年6月11日から開催いたします。
「ケータイコミック大賞」は事前にノミネートした20作品の中から、読者が一番好きな作品を選んで投票することにより、読者視点の「大賞」を決定する参加型コンテストです。

このニュースのポイントとしては、3点を指摘できると思う。



1点目 …… 「Kindle」や「iPad」の発売で、昨年から今年にかけて俄かに過熱してきた電子書籍ブームへ対抗するため

一連の電子書籍ブームは、冷静に見渡せば、乏しいコンテンツ、発展途上のアプリ、貧弱な通信回線、不便な課金制度――など少なくない課題を抱えているにもかかわらず、メディアによる報道やインターネット上での話題性は、過去数年におけるケータイマンガのそれをはるかに凌駕している。ずっと泣かず飛ばずだったパピレスまでが、ブームに乗ってJASDAQ上場を仕掛けるまでの盛り上がりを見せている。しかし、これまで日本国内の電子書籍市場を牽引してきたはずのケータイマンガ市場は、いまも注目される様子がない。
リリースの中では、

その電子書籍全体をリードしているのは、「コミック」を「ケータイ」で読む「ケータイコミック」市場であり、いつでもどこでも気軽に人気コミックが読めるという特性から今や電子書籍市場全体の70%以上を占めており(2008年度330億円※1)、ケータイコミックは最も期待されているカテゴリーとなっています。
一方、これまでコミックの業界では各種の賞が開催されていますが、いずれも有識者や書店員などの関係者が選ぶ賞であり、一般のお客様が参加するものはありませんでした。
そこで今回、電子書籍として配信しているケータイコミックの特性を活かし誰でも参加できる日本で初めての『ケータイコミック大賞』を創設することにしました。

として、今回の「大賞」の狙いを述べているが、ケータイマンガはその市場規模に比べて、ケータイを利用する「一般のお客様」の間での話題性はあまりに低かったし、ケータイマンガを配信する会社としての取り組みも、どちらかといえば疎かだった。
しかも、昨年度で市場の成長性に頭打ちの気配が見え始めており、さらに昨年から今年にかけてはキャリアが18歳未満の利用者に対するフィルタリングの適用を強化している。ケータイマンガの市場は、今年度でいよいよ横ばいか縮小に転じる可能性もあると思われる。
これまでイケイケでやってこれたケータイマンガが、もう胡坐をかいていられる状態ではないことを公に認めて重い腰をあげた、という見方ができる。




2点目 …… ケータイマンガはエロばかり、というイメージの払拭のため

このことはノミネートされた20作品を見れば一目瞭然と言える。どの作品も、大手出版社によるメジャータイトルで、実際にケータイマンガで売れているエロ・TL・BLは欠片も姿を見せない。

3.ノミネート20作品について

ノミネート作品は各社のケータイコミック配信サイトで人気のある作品やアニメ化されるなど話題性のある作品を中心に、年齢や性別を問わず誰もが楽しめる作品を選定しています。

(五十音順)
(1)ああっ女神さまっ  【藤島康介
(2)蒼(あお)の封印  【篠原千絵
(3)イタズラなKiss  【多田かおる
(4)緒方克巳心霊ファイル  【山本まゆり】
(5)神の雫  【オキモト・シュウ/亜樹直
(6)彼first love  【宮坂香帆
(7)ケロロ軍曹  【吉崎観音
(8)交響詩篇エウレカセブン  【片岡人生近藤一馬/BONES】
(9)極楽青春ホッケー部  【森永あい
(10)GS 美神 極楽大作戦!!  【椎名高志
(11)ゴッドハンド輝  【山本航暉
(12)将太の寿司 【寺沢大介
(13)新世紀エヴァンゲリオン  【貞本義行/カラー・GAINAX
(14)絶対彼氏 【渡瀬悠宇
(15)探偵学園Q 【天樹征丸/さとうふみや
(16)のだめカンタービレ  【二ノ宮知子
(17)ふしぎ遊戯  【渡瀬悠宇
(18)ホタルノヒカリ  【ひうらさとる
(19)僕の初恋をキミに捧ぐ  【青木琴美
(20)め組の大吾  【曽田正人

けれども、この「大賞」を共催する4社の配信サイトをのぞけば、けばけばしいバナーや扇情的な見出しでプッシュされているタイトルの大半は、エロ・TL・BLであることがすぐに分かる。
また、ケータイマンガはエロばかりだから未成年の健全な育成にとって有害であるという論調は、「非実在青少年」概念を盛り込んだ都条例改正案の背景の一つになっており、一方で、ケータイマンガの配信サイトが加盟するモバイルコンテンツ審査・運用監視機構は反対意見(http://www.ema.or.jp/pbc/fromema/opinion_20091210.html)を表明している。
今回の「大賞」の趣旨である、「一般のお客様」の声を反映した賞を設けようと思うなら、手っ取り早いのは、ダウンロード数が多い作品を上位からランキングする方法がある。もしくは、作品ごとに評価コメントをつけられる配信サイトもあるので、その件数などを参考にする方法もある。けれどもそうしないのは、そのような方法を取れば、エロ・TL・BLが上位を独占することが分かりきっているから。
しかし、ノミネート作品を誰もが知っているメジャータイトル20作品(たった20作品!)にあらかじめ絞り込んでおけば、「大賞」の結果が周知されることによって、「ケータイマンガでは、誰もが知っているようなメジャーなマンガが人気を集めている」という(実態とは異なる)イメージを醸成でき、規制の圧力への対抗措置の一つにもできる。言い方を変えれば、露骨な出来レースだが、そういった露骨なことをやっても誰も気にしないのではないかという程度には、今のケータイマンガの話題性は小さい。
ちなみに、ノミネートされた20作品を提供している出版社は、独自のケータイマンガ配信の点で出遅れ気味の講談社小学館角川書店が中心で、「集英社マンガカプセル」が比較的好調な集英社による作品提供は行われていない(「集英社マンガカプセル」は、DOCOMOのケータイマンガ配信サイトランキングで9位につけており、出版社が独自に展開する配信サイトでトップ10に入っている唯一のケースになる)。出遅れ気味の講談社小学館角川書店は、メジャーなイメージづくりをしたい配信サイト4社に対して「貸し」を作れる/作っておきたいが、集英社はその必要を感じていないということだろう。
また、エロばかりというマイナスイメージへの対抗策としては、今回の「大賞」とは別に、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構が昨年の秋に「サイト表現運用管理体制認定制度」をスタートさせており、「コミックシーモア」のNTTソルマーレが昨年12月に第一号認定を受けている。ただ、この認定制度については、個人的にある種のうさんくささを感じている*1。そのうさんくささについては、別の機会にまとめるつもりでいる。




3点目 …… ケータイマンガの配信サイトの大手4社が、市場の寡占体制をさらに強固なものとするため

今回の「大賞」を共催するのは、

  1. 「コミックシーモア」のNTTソルマーレ http://cmoa.jp/
  2. 「ケータイ★まんが王国」のBbmf  http://k-manga.jp/
  3. 「めちゃコミックス」のインフォコム http://comics.mecha.cc
  4. 「Handyコミック」のビットウェイ http://handycomic.jp/

の大手4社。この4社が、正面から一斉に手を組むことは、初めてになる。4社は、DOCOMOのケータイマンガ配信サイトランキングと同じ順番で並べた。
おそらく、この4社でケータイマンガ市場の9割近くをシェアしていると見られる。中でも、「コミックシーモア」のNTTソルマーレと「ケータイ★まんが王国」のBbmfは、それぞれ年商が100億円前後あると見られ、この2社だけでも2008年度で330億円あったという市場規模の6割を占めたと見られる。そういったライバル関係にある4社のため、過去、ここまで具体的な形で表立って手を組んだことはなかった。
一方で、DOCOMOの公式サイトに登録されたケータイマンガ配信サイトは、現在、105サイトもある。105サイトのうちの4社で、市場のほとんどをシェアしている状態は、寡占というほかない。はっきり言って、もう日本国内におけるケータイマンガ配信サイトの“勝ち負け”は、大方の決着がついている。
ただ、1点目と2点目で指摘した、「kindle」「iPad」などの新興勢力や、規制強化の圧力を考えれば、大手4社と言えどものんびりとしているわけにはいかない。
今回の「大賞」は、大手4社がケータイマンガ配信事業における寡占の地位をさらに固めて、新興勢力や規制の圧力に対抗していくための備えの一つに位置付けられると思われる。

*1:簡単に言えば、キャリアによるフィルタリングの対象=ブラックリストから外してやる代わりに認定料金と継続監視料金を払え、という制度。