みんなの滋賀新聞

 ジャーナリズム考現学(10/19分)で紹介されていた、滋賀新聞をつくろうとの活動。
 発刊にあたってのメッセージに、

全国で唯一、滋賀県には地域を代表する「県紙」と呼べる総合的日刊新聞がありません。
そして、毎日届けられる新聞の地域ページ(県域版)の合計は、隣接する他府県と比較して、最も少ない県よりもさらに25%少なく、私達は圧倒的に少ない地域情報量のなかで生活しています。

とあるように、滋賀の地場マスコミ産業が極北にあったのは、本当にそうだ。
 90年代後半、京都から滋賀に引っ越した当時、地元の新聞とAMラジオがなく(エフエムはあったはず)、ジャーナリズム考現学で言われている京都新聞と、KBS京都ラジオがその位置を補完していた(中日は、ほとんど見かけなかった印象があるけど)。個人的には、京都新聞は、読朝毎と同様の格をもった新聞として、何の違和感もなく読んでいたことを覚えている(それだけ、論説が充実してたんだろう。特に、97年の京都議定書会議の時の記事なんかは良かったような覚えがある)。テレビで言えば、UHF独立局の「びわこ放送」がやっとできたくらいのころ。
 当然、新刊の配本状況も悪く、どうしても我慢ならないときは、バイクで片道30分かけて京都の「ビッグボス」まで手に入れに走ったくらいの極北。って、今調べたらなくなってるよ→http://www5c.biglobe.ne.jp/~lala/comics_map/comics_map-2b.html#s350.20。売り場面積の有効活用具合では、コミック高岡と同等以上の、いい店だった。特にファンじゃなかったのに、勢いだけで「なるたる①」(鬼頭莫宏)の出版記念サイン会に並んだのが懐かしい。
 脱線したが、滋賀は、大津ならJRで20分もかければ京都市まで出れるし、そこから4、50分で大阪、梅田もすぐだ。当時、琵琶湖を挟んで大津の対岸にある草津駅周辺は、マンション建設ラッシュが始まったばかりだったが、都市部を仕事場にする人のマンション需要を見込んでいたんだろう。だからその後、草津市の人口が増えていたとしても、地元の情報に興味のある住民はそれほど入ってきていないんじゃないか。
 で、地元経済界の念願だったらしい滋賀新聞は、「滋賀経済同友会」が中心となって会社をつくり、東証一部上場で地場企業の防犯用品メーカー社長が、代表となっている。やはり独立資本では無理か。
 まぁ、メインは地域情報=地場産業・企業の情報ということになるんだろうな。ジャーナリズム考現学では、

どうも「情報産業」という側面ばかりに注目しているようだ。これまで京都新聞中日新聞がなぜ信頼されてきたのか、それぞれの社是などを参考にして考え、是非格調高い社是、新聞の理念をうち立ててほしい。

と触れられているけど、あまりジャーナリスティックな視点を許容することの期待は、できないだろうな。ところで、「琵琶湖の水位」って、なかなかレアな局地天候情報だよな。