新日買収金額の5億円は高いか? 安いか?


新日本プロレス「5億円」で身売り (日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120131-00000023-nksports-fight

ブシロードGPの公式HPによると、譲渡価格は5億円。

ブシロードGPの木谷高明代表取締役社長は「昨年8月末にユークスの谷口(行規)社長と会食した際に『新日本プロレスをやらせていただきたい』と切り出して、話し合いを続けてきた」と話した。


結論から言うと、高いと思う。



まず、新日はいまだに債務超過を脱せていない。


新日を2005年に買収したこれまでの親会社、ユークスがIRした「子会社の異動(株式譲渡)および特別利益の発生に関するお知らせ」(http://www.yukes.co.jp/news/data/300608/pdf_njpw.pdf)によると、H23年1月期の新日の純資産はマイナスの10億4,100万。
つまり債務超過
しかも、H21年1月期はマイナス9億6,000万円、H22年1月期はマイナス10億4,300万円。
負債を減らせていないどころか、逆に膨らませている。
ユークスが買収した7年前当時も債務超過状態だったから、買収そのものはアリだとしても、買収当時の債務超過額8億6,276万円をさらに増やし、重くのしかかってきているのでは、とても優良案件とは言えない。



ユークスが2005年に新日を買収したとき、直接に支払った金額は約2億円だった(と囁かれる)。
が、繰り返すように当時の債務超過額約8億6,000万円があるので、実質的には買収金額と債務の合計、10億6,000万円で新日を買っていたことになる。
だからこそ、落ち目路線まっしぐらだった当時の新日にとって、ユークスが救世主扱いになった。


付け加えると、当時、新日から譲渡を受けた株式数は51%分だったので、これが全株式の譲渡を受けての買収であったなら、倍の約4億円だったことになる。
だから、2005年当時の新日には、負債込みで12億6,000万円の値段がつけられたことになる。


ところで、H23年1月期の報告書(http://www.yukes.co.jp/news/data/300476/securities_2011.pdf)では、ユークスの新日株式所有比率は51.5%だが、今回のブシロードによる買収では、ユークスが100%の株式を持っており、そのすべてをブシロードに売却したことになっているので、過去1年の間に100%子会社化していたことになるが、時期や理由は公開情報にみあたらない。



話を戻すと、資産の額もたいしたことがない。
H23年1月期の報告書で、もっとも高い金額を計上している資産は世田谷道場の土地。
帳簿価額で2億890万円。
道場資産のほとんどを占めていて、全額は2億1,372万円。
ただもちろん、あくまで帳簿価額なので、実際に算定してみたらもっと低かった、という可能性だってある。
その逆に高い可能性もあるけれど、道場の土地に関しては、2005年の買収時と全く同じ金額を計上しているので、おそらくそれはないと思う(値上がりしていれば、嬉々として高いほうの数字をのせているだろう)。
事務所の入っているビルは賃貸で、バスはリースなので、無視していい。



それからH23年1月期の報告書では、債務超過の新日に対する運転資金として、ユークスから新日への長期貸付金が12億9,800万円あることになっている。
つまり長期の借金だが、当然これも返していかなくちゃならない。*1



買収金額の算定根拠は、「子会社の異動(株式譲渡)および特別利益の発生に関するお知らせ」のIRで「将来の収益性を元に」しているとされている。
じゃあ、最近の興行収益はどうかというと、H23年1月期の報告書では、「興行事業」の売上高が11億6,307万円、営業利益が42万円。
2005年の子会社化後で初の営業利益での黒字を出したことになっているが、42万円を利益と言っていいものかどうか……。帳簿上の操作でもどうにでもなるような金額に思える。前年度は8,900万円の営業損失を計上しているので、それに比べればマシではあるけれど。


で、直近の収益はというと、H24年1月期第3四半期累計の報告書(http://www.yukes.co.jp/news/data/300580/securities_2012_3Q.pdf)では、売上高が8億947万円、営業利益は797万円の損失。
売り上げの減少にともなって、案の定、また赤字になっている。



「子会社の異動(株式譲渡)および特別利益の発生に関するお知らせ」のIRの中では、いわゆるキャラクタービジネスに関係する肖像権関係の権利がついてくることになっている。
中身は、猪木の肖像等、新日保有の商標、所属選手の肖像等で、これを「独占的に保有する権利」をブシロードが持つことになる。
けれど、猪木関連の権利に関しては、ユークスと猪木陣営が絶縁状態にあったため、過去はうまく活用されているケースを目にしていない。最近、例のディアゴスティーニなDVDムックが売り出されているくらい。
親会社がユークスからブシロードに変わることで、猪木陣営との雪解けになれば、こういった権利の有効活用の道筋が見えてくるかもしれない。
が、それはこれからの交渉によるところが大きいと思われるので、おそらく今回の買収金額において大きな額で組み込まれてはいない可能性が高いと思う。



今回ブシロードは、全株式の取得に5億円と債務超過の10億4,100万、合計15億4,100万円をかけた買収に踏み切った。
ユークスが2005年に買収したときは、株式の半分の金額約2億円、当時の債務超過額約8億6,000万円、残りの株式約2億円で、合計12億6,000万円。
ブシロードユークスより3億円近く高い価値判定で新日を傘下に収めている。
また、繰り返しになるけれど、ユークスから新日への長期貸付金12億9,800万円がついてくる。
だから、5億円という買収金額は高い。



かといって、ブシロードの木谷社長が、何も考えずに買収したわけもない。
特に、自ら立ち上げ、上場までさせたブロッコリーをああいう形で手放さざるを得なかった苦い経験を持つ木谷社長が、甘い目算で高い買い物をするはずがない(と今は言い切っておこう)。



明るい材料は、今の新日が集客面で上り調子にあること。
それから、棚橋が東スポプロレス大賞や週プロのファン投票でMVPを独占したように、業界を引っ張るだけの明快なスターが存在すること。
ブシロードのカード事業と新日のコラボで、新企画も当然考えているだろう。
また、数年前までプロレス業界が後塵を拝してきた国内総合格闘技界ではなく、プロレスに資金を注入してくれたという点も、相対的な見通しの明るさを判断したからじゃあなかろうか。
新日ホームページの記者会見全文(http://www.njpw.co.jp/news/detail.php?nid=6991)では、「そのへんは2月29日に発表しようと思ってるんですが、たとえば新日本プロレスWWEと比べた場合、30年前はあまり変わらなかったという気がするんです。その差は何かと考えると、僕もアメリカに1年ぐらいアメリカにいて、向こうで試合を見ているんですけど、あきらかにメディアの差ですね。日本の場合はプロレスに限らず、地上派に縮小されると、どのスポーツジャンルも縮小されると思います。だから、そのメディアをどういうふうに使うか?もしくは一緒に乗っていただくか? というのが物凄く重要なことだと思っていますので、テレビ朝日さんとは今後もいい関係を続けていきたいと思っています」とコメントしている。
WWE*2の一番の収益源は、新日と同じく興行チケット収入だが、二番手のペイ・パー・ビュー収入が新日のテレビ朝日放映権料とは比べ物にならない。ペイ・パー・ビューによる視聴を日本で根付かせるには長い道のりがかかることになると思うけれど、ここの開拓を木谷社長が目指しているのかどうかは気になる。
ブシロードの本業との関連性から言えば、WWEで人気のフィギュアやDVDの販売なども積極的に仕掛けてきそう。
ちなみに、WWEと新日の収益構造の差についてはケンドーカシンの修士論文http://www.waseda.jp/sports/supoken/research/2008_1/5008A304.pdf)に詳しい。





で、ここからは余談だけれど、「子会社の異動(株式譲渡)および特別利益の発生に関するお知らせ」を読んで一番驚いたのが、ブシロードの純資産が707億5,700万円となっていたこと!
700億円オーバー!
木谷様、大富豪! 石油王クラス!




……と感動していたら、訂正IR(http://www.yukes.co.jp/news/data/300610/pdf_njpw_teisei.pdf)が出ました(笑
実際には純資産7,000万円、総資産1億1,600万円。


これは……木谷社長、買収にあたってどこかから借り入れてるよなぁ。銀行じゃないとしたら、どこだろう。



*1:【2/1追記】ユークスのH23年1月期報告書(http://www.yukes.co.jp/news/data/300476/securities_2011.pdf)の57ページでは「貸倒引当金」として「12億9,804万円」が計上されている(前年度は「14億6,706万円」)。この額は、関係会社長期貸付金の項目で、新日本プロレスリング㈱へ貸し付けられている「12億9,804万円」と同額。つまり、ユークスのほうでは、もともと新日が耳をそろえてちゃんと借金を返してくれるとは想定していないらしい。ただ、さすがに「12億9,804万円」の全額を踏み倒して、ブシロードに身売りするなんて都合のいいことを許すということも考えにくい。だから、このまま新日をずるずると所有しつづけていても借金返済の目処がたたない様子なので、ブシロードに「12億9,804万円」の何割かを肩代わり返済してもらうことを条件に身売りに合意した……といったストーリーは考えられるかもしれない。このストーリーであれば、債務超過額の大幅な縮小にもつながる。このあたりは、ユークスのH24年1月期報告書が出れば明らかになると思う。

*2:ニューヨーク証券取引所に上場するWWE時価総額は7億623万ドル(http://finance.yahoo.com/q?s=WWE)。1ドル=76.21円を適用すると約538億2,100万円。仮にWWEを買収するとしたら、新日を買収した金額の約107倍の資金と、ビンスファミリーが所有する分の株式の買取り費用が必要になる。