たけのこ「ゆみりちゃんの世界で」

takenoko yumiri

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  • 珍しく、個別エントリーで感想をあげる。
  • 読んでいるあいだ、ずっと軽い動悸がつづいた。思い出さないようにしているが、自分の10代にもきっとこの関係があった。
  • 地味な「洋子」を自分の引き立て役として鎖につないだ、誰からも好かれる可愛い娘を演じられる「ゆみり」。洋子の母親さえ、ゆみりのことを娘の友人だと疑わない(ゆみりからの電話にでたがらない娘のことをいぶかしく思うシーンには寒気がした)。
  • そんな小中高とつづく支配の関係に、洋子に「つきあって、ください!」と告白した「上条」の登場が、変化を生む。
  • ゆみり色に覆われた世界をなるべく目に入れたくないからか、常に伏せ目がちの洋子が、あきらめない上条のアタックに、次第に顔をあげるようになる。
  • ある日、上条に「一緒に帰ろ!」と声をかけられ、ゆみりに起因する頭痛がすっと晴れ、(痛くない……)と気づく洋子の目が、若干、大きくなったかのように見えるシーン。コマの大きさ的には特にフォーカスされた場面に感じられないが、印象的な場面だった。
  • さらに、自分になびかない上条に焦りをつのらせるゆみりを見て、王女であるゆみりも万能ではないことに気づく洋子が、抑えきれないうれしさを満面に出す大ゴマ。凄みと色気の入り混じった笑みの強烈さ。
  • そのコマがある見開きの次のページに、ゆみりのそれと真逆な邪気のない上条の笑顔を配置して、ゆみりが我に返るまでの流れ。
  • そうやってストーリーの圧が高められたところで、洋子に助け舟を出したい上条から出た、「そういうのって忘れることは出来ない?」という何気ない一言に、一気に感情を爆発させる洋子。「強く明るく前向きに考えることが出来なかった私が悪いんだね!」等々、あふれだす長ゼリフ。卑屈をこじらせたがゆえに暗い念のこもった、ゆみりを含む世界全体を拒絶する言葉。が、洋子のそれまでの全人生を投影した本音であり、だからセリフを追わざるをえない。自分にとっては、この8ページが白眉だった。
  • そして、物語に救いのきっかけを与える上条が、それでも洋子に向かい合った後、支配の鎖を修復するため上条に可愛い自分を演出しようとするゆみりを、「ごめん どうでもいい」の一言で置き去りにする。この一瞬の遣り取りから押し寄せるカタルシスったらない。
  • ただ同時に、そのカタルシスが、洋子を爆発させる遠因となった「ざまあみろ」の笑みに近い種類のものから来ているのではないか……と、読み手のこちらに思い当たらせもする。自分がそう感じただけなのか、そう感じさせるように計算したシーンなのか。後者ならすごい。
  • 視点を変えれば、洋子が世界の狭さを知って、別の世界に踏み入っていく物語になっている。一方でゆみりは、狭いか広いかにかかわらず、自分が理想とする世界をすでに(高校生にして)もっている。後書きにある「ゆみりちゃんは10代のうちはたまに失敗もしつつ、20代前半には技を極め、死ぬまで完璧な自分の世界で生きていくでしょう。」というくだりには、作者がそう言っているという以上の説得力を、読み終えて受けた。
  • 物語は洋子の一人称視点で進むため、必然的に、もっとも掘り下げられるのは洋子の内面になる。コマ数の比率で言えば洋子が7で、ゆみりと上条がそれぞれ1.5くらい。露出度で言えば1.5くらいしかないゆみりだが、ねじくれて肥大した内面はどんなだろうと、その奥底を想像させずにおかない。強烈な個性を主人公の対面に創造した筆力。ゆみり視点の物語も読んでみたいと思わせる(だいぶ古いが、橋本治の「桃尻娘」シリーズのように)。