「人体ビジネス 臓器製造・新薬開発の近未来」(瀧井宏臣) 岩波書店


 電車内の移動時間のみを使い、1週間ほどで読み終わった。ブックカバーをかけずに片手で吊り革に掴まりながら読むというスタイルを取ることが多かったため、前の座席に座ってる人に対しては自然、この本の表紙を強調するような形になる。
 と、ほとんどの人が一度表紙に視線をやった後、その視線をかえそうとしてまた戻ってくる。女子高生も中年もOLも香水臭い怒り肩パッドのおばさんも。まず、それだけ表題のインパクトはあるのだろう。一般名詞を二つ繋げただけの文字から、売春、人買いといったテーマを連想させるのかもしれない。けれど本書がテーマとする売り買いの対象は「人間」ではなく「人体」である。


 初出は『世界』『科学』『週刊現代』といった雑誌媒体に載せたレポート。病院、研究室、行政、警察、各所の一次資料、そして重い病気やケガを背負った当事者たちへ細かい手の込んだ取材を行っており、しっかり歩いてるな、というのがよく分かる。


 幹細胞、ES細胞、クローン、中絶胎児、胎盤製剤、遺伝子情報、臓器移植にかかわり、誰が利益を得るのか、どういう技術的倫理的課題が山積みにされたままなのか、なぜ置き去りにしてまで臨床実験を進めたがるのか――、そういった問題について知識を深める入門書の一冊。


 たとえば、臓器移植の項では、本人の同意がなくても家族の同意のみで脳死後の臓器移植が可能なよう法改正をしようとしている河野議員父子へ直接取材にあたった上で、父子の主張に対する光石忠敬弁護士の2点の反論――1.人類愛や連帯感に溢れる理想的な人間像ではなく、「普通の人」を平均に想定した法律であるべきではないか、2.脳死者の妊娠継続、脳死の子どもの性的成熟といった脳死が人の死と言えないデータが出てきており、脳死の定義そのものがゆらいでいる――などを紹介する。総覧的にもならず、ポイントをおさえた各論を読むことができるという点でオススメ。


人体ビジネス―臓器製造・新薬開発の近未来 (フォーラム共通知をひらく)

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